【インタビュー】 「探偵」と「職人」が手がけるプロテオーム解析はあらゆる分野へ!

アプロサイエンスグループは、2022年4月1日に、更なる成長を目指す為に、株式会社ファーマフーズ(京都市)の一事業部として新たなスタートを切った。

あらゆる生体のゲノム解析が進む今日、「生体に発現するタンパク質すべて」を意味する「プロテオーム(proteome=protein+ome」を解析することは、未知を既知に変える重要な一手と知りつつもあまりの多様性と複雑さに手を出しかねている研究者も多いだろう。そんな時に強い味方になるのが受託解析サービスだ。

アプロサイエンスグループは、1990年に国内草分け的にプロテオーム解析の受託サービスを開始した(当時はアプロサイエンス社)。タンパク質はあらゆる生物が有しているので、対象となるのはヒトだけではなく植物や微生物などの生物や、考古学的検体(かつて生物であったもの)など幅広い。研究目的も疾患研究、創薬、産業利用、新発見への探求など多岐に渡り、未知との遭遇の連続だ。「どんな依頼もできるだけ断らない」というプロテオーム解析の現場では検体と研究の背景を想像し、周辺を調べ上げて標的に近づく「探偵」と、複雑で多様な解析に取り組む「職人」が解析にあたるのだという。

「弊社では、できる限りハイスペックの装置を使用できるようにしていますが、必ずしも、その装置が最新機種であるとは限りません。『最新機種を持っている=良いデータが取得できる』ではなく、どれだけユーザー様の意図に沿えるか、『勝手に共同研究』の姿勢で取り組んでいます」というバイオメディカル部の福田佳奈さんに「探偵+職人」によるプロテオーム解析とその可能性について、多彩な分野での経験をもとにお話を聞いた。
(この記事は2021年8月6日に日本の研究.comに掲載されました。)

疾患研究・創薬開発を支えるコミュニケーション

── 疾患や創薬の研究分野を多く手がけられていますが、ここでは何が求められているのでしょうか。

ヒトゲノム解析が終了して20年以上経ちますが、多数の遺伝子から作られる多種多様なタンパク質には、発現量、局在、活性、相互作用、翻訳後修飾など膨大な情報があり、個人レベルでプロテオーム解析を行うには膨大な時間と労力がかかるものですから、特に臨床の現場で苦しんでいる患者さんに向き合いながら研究を進める方々は、気軽に取り組めないでしょう。その時間と労力を受託サービスに投げていただきたいところです。特に研究者が多忙なこの分野では短時間でご要望を聞き、イメージをすり合わせることが必要だと考えています。ユーザー様が何を求めておられるのかを事前にできるだけ理解して素早く結果を出す、様々な提案をするためにご依頼の際に示された論文を読みこむ、周辺研究の動向をフォローするなど理解を深めて解析に取り組むように心がけています。これは解析の「下ごしらえ」のようなもので料金には反映されない部分ですし、こちらが疾患や研究内容について知らなくてもプロテオーム解析はできますが、知っているか知らないか、どんなスピード感で進化している研究なのかを理解していなければ適切なご提案はできないと考えているからです。探偵のように研究の背景や周辺の状況、サイドストーリーから検体に迫っていけるのです。解析に提供される検体は再現できない貴重なものでありながら、検体に含まれるタンパク質は膨大で複雑ですから、根気よく丁寧に解析する職人も必要です。他の分野でも同じですが、この「探偵」と「職人」の両輪でプロテオーム解析を臨んでおりますので、単に機械的なスピードだけではない速さと確実さで研究の一助になれると考えています。

── 解析やその後の提案が難しかったケースはありますか。

ご依頼時に言われていたものとまったく違う解析結果が出ることがあります。こちらは「これでいいのだろうか」と悩むのですが、解析の途中でもユーザー様にこまめに報告するなど、コミュニケーションを重ねていくことが大切になります。ユーザー様が違うやり方を指示されることもありますし、こちらから解析や研究の方向性について提案することもできます。期限が迫っているなど非常に急ぎの案件だの場合にほとんどコミュニケーションがとれないまま、おそるおそる結果を報告したら「なるほど、そういうことね」とあっさり受け取られたこともありました。研究を進める中での重要なステップになったそうで、長い目で見た時に有用な結果になることもあるのですね。

受託解析は平均で約1~2カ月という短い期間ではありますがユーザー様の何年にもわたる研究に携わることもあります。弊社の技術員たちは私も含めてもともと生化学に興味を持っていて今も携わっているわけですし、特にこの分野では間接的であっても人の命を助けることに関わることは誇りであり、大切にしています。

失敗できない解析No.1の考古学分野

── 数は少ないと聞きましたが、考古学分野でもプロテオーム解析が用いられているそうですね。

古代プロテオミクスでは生物試料の分類群の判別と系統推定、遺伝情報の推定、有機物の同定、生理状態をあらわすタンパク質の検出、食性の推定という5つのカテゴリーがあり、この中の生物試料の分類群の判別と系統推定の解析を受託したことがあります。何百年単位で時間が経過して劣化が進み、絶対に再現できない貴重な検体は量も少ないので受託サービスに出すのは難しいでしょうし、かといって研究者ご本人が解析されるのも厳しいものです。こちらでも参照する論文など少なく、受託の際には相当な勇気と覚悟が必要で、とりわけ緊張しますね。

── 特別な知見や技術が必要になるのでしょうか。

劣化が進んでいるということは、タンパク質レベルで切断されている、あるいはアミノ酸が修飾されていることです。そう考えればどんな分野の検体にも予期せぬ切断や修飾はありますので、同じといえば同じ難しさですね。あまり一般的ではない検体を扱うことで知見やノウハウが積み上がり、他の分野にも生かされていくことになりますし、逆にこれまでの経験をどうやって生かすかが問われるので、探偵の役割がとても重要になります。めったに受託しない分野ではありますが、分析技術の進歩と共にかなり劣化している検体でも情報が得られるようになってきたので、今後さらに考古学分野の受託は増えていくかもしれません。個人的なことですが、私は奈良県出身で考古学をいつも身近に感じて育ってきたこともあり、ぜひお役に立ちたいと思っています。

未知との遭遇が続く微生物分野

── 近年、注目を浴びている微生物の分野でもプロテオーム解析が増えているとのことですが、どのような難しさがありますか。

検体に何が入っているのかわからないと、プロテオーム解析は難しくなります。たとえば腸内細菌では細菌叢の中に膨大な数の細菌が共存しているため、単離されていないものが多いのです。ある菌の解析として受託したものが解析を進めていくうちに別の種がたくさん含まれている検体だという結果になったことがありました。想定されていた微生物のデータベースを使用して解析したのですが、タンパク質があまり同定できない。そこで他の様々な微生物データベースをあたり、何度も解析を繰り返してようやくフィットする微生物が分かったのです。これはまさに探偵の仕事でしたね。ユーザー様にとっても驚きの結果となりましたが、新たな実験系を考えることができたと喜んで下さいました。

遺伝子情報どころか、その存在すらも未知の微生物が地球上には多く存在しています。ヒトの遺伝子情報は大きな変更や更新をされることはないでしょうが、微生物の世界では属がコロッと変わることも多いのです。未知の多い分野だからこそ意義深い研究をされている方が多いですし、貴重な発見もどんどん出てくるでしょうが、解析側からすると非常に高い「探偵力」が必要とされる手強い分野です。

── 「探偵力」を発揮するには、何が必要なのでしょうか。

手間も時間もかかり、何度もやり直すのでこちらが興味や好奇心を持っていなければ取り組めないでしょうね。人に性格があるように会社には社風がありますが、弊社では好奇心が旺盛な探偵っぽい人材が長くこの仕事を続けているように思います。受託した検体のサイドストーリーを知ることや、どんな研究の一環なのかを考えるのが大好きで、新しい研究論文や動向をフォローすることが楽しく、おもしろがる社風です。もっと効率よくと言われることもまったくないので、ちょっと牧歌的な会社なのかもしれません。同時に、手強い検体にもきめ細かく挑んでいく職人もいますから、その両輪によって弊社の受託解析は成り立っています。

未知との遭遇が多い分野だけに探偵が力及ばず「何だかわかりませんでした」という結果になることもあります。しかし、そういった場合でもユーザー様には大きな意味を持つこともあるので、解析の途中経過の連絡や相談、追加解析が必要かといった確認などのコミュニケーションをしっかり取ることも重要になります。結果だけお渡しした方が効率が良くてスピードも速く、こちらの利益率も良くなるのかもしれませんが、密なコミュニケーションをとること、時間と手間をかけることが弊社の優位性になると考えております。

微生物分野はプロテオーム解析を長年使っている分野ですが、まだまだ未知との遭遇が多いので可能性が広がり続けているのだと、日々実感しています。産業利用など活用される先も広がっていますから、解析の必要性も高まっていくでしょう。

多様な形状の検体に出会う植物分野はケースバイケースで

── 送られてきた検体の形状に驚くことが多い分野だそうですね。

検体として樹液が送られてきたケースは難しかったですね。当時は初めて扱う検体で、非常にお急ぎの案件だったため十分なヒヤリングができないうちに検体が届きました。なんとなくトロトロの液体だとは思っていなかったので、目にした時はびっくりしてしまいました。こういったレアケースでは先行論文がないことが多いので、似た検体を参考にします。樹液の場合はタンパク質以外の組成をどう除去するのか蜂蜜など糖質を多く含んでいる検体の除去方法を調べたり、実際に試して樹液の解析に取り組みました。

ひとつの植物でも葉と根ではぜんぜん違う素材を扱うことになりますし、研究の内容によって様々な形状の検体になるのでケースバイケースの対応が求められる分野です。形状が違えばタンパク質抽出の手法も自ずと変わってきますし、どの部分を使うかも変わってくるのでけっこう複雑なのです。根の硬い細胞壁の壊し方や筋の多い葉の潰し方など、技術的な手間もけっこうかかります。その一方、考古学の場合とは正反対で十分な量の検体を送っていただけることが多いので、最適な抽出のための下準備をいくつか試すことができ、私たちの技術を磨くこともできます。解析する検体が蕾だった時は、とてもいい香りに包まれていい気分になりましたね。ふだんは実験や解析に嗅覚を使うことはないのですが、花や葉の香りを体感することで研究の未来を想像したり、検体をすりつぶした時に出た色を見て子どもの時に葉っぱや花で色水を作った思い出がよみがえったりして「実験っておもしろいなあ」と再認識したりするので、解析しながら楽しさも感じる分野です。

── 植物もまだゲノム解析が追い付いていない分野ですね。

遺伝子情報データベースに登録されてタンパク質が発現しているはずとわかっていなければプロテオーム解析はできないのですが、遺伝子情報自体がまだ調べられていない、登録されていない植物はたくさんあります。農業分野などで商用利用されるものから分析が始まり登録も増えていますが、今後は食糧問題やエネルギー問題、創薬にも関わっていくでしょうから、伸びていく分野でしょう。植物や微生物分野はプロテオーム解析が大きく貢献できると考えていますので、これからぜひ試していただきたいですね。弊社では植物分野でも解析の知見やノウハウをかなり蓄積していますので、「どうなるかわからない」「何になるか見当も付かない」という段階でもぜひご相談いただければと思います。1例目は何事もレアケースですが、2例目になれば経験済みです。あらゆる分野で基本的にご依頼を断らずに受けてきたことで、困難な検体、未知の検体についても抽出から解析まで経験を生かせるのが弊社の強みです。

── さまざまな分野を手がけてこられて、印象的な検体などはありますか。

10年以上保管されていた何だかわからない組織片を解析してほしいというものがありました。まったく手がかりも情報もないまま「謎のかたまり」を受託したのですね。タンパク質が含まれているかどうかすらわからないという不思議なご依頼でした。研究室の引き継ぎだとか保管の事情で、そういう「謎のサンプル」をお持ちの方はけっこういらっしゃるのではないでしょうか。

「今すぐ」の分析依頼でなくても、未来に向けてまず一報を

── どの段階で依頼や問い合わせをしたらいいのか、躊躇する研究者は多いと思います。

お問い合わせに料金はかかりませんから、恐れずにアクセスしていただきたいですね。ご依頼に至らなくてもお役に立てる情報のフィードバックができます。弊社ではプロテオーム解析以外の受託サービスもありますので、なるべく最適の方法をご提案することもできますし、他社様をご紹介することもあります。ご相談いただいたからといってガンガン営業をかけるわけでもありません。もちろん、受託に至れば嬉しいのですが、そうでなくても何かしら研究のお役に立ちたいと思っています。

躊躇している間に貴重な検体なのに保管状態が悪くて変質してしまうこともあります。いずれプロテオーム解析をしたいと思っておられる方には検体ごとに適した保管方法やサンプルの取り方、準備の仕方などもお答えしますので、まだ具体的に研究の方向性が定まっていない段階でも、まずはご相談いただければと思います。検体の保管、前処理はとても重要です。疾患研究で治療前と治療後の血液サンプルを比較して解析したいというような場合では、年単位になりますから正しく比較できる状態を保てるかどうかが重要になりますよね。最初の保管方法によってはすべてが無駄になりかねません。

たとえば家を購入するつもりがなくても、冷やかしで住宅展示場に行ったりしますよね。「依頼するかどうか決まらないから、申し訳ない」などと思わずに、モデルハウスや車の試乗のつもりで情報収集のためにも問い合わせをしていただきたいのです。個別オンラインセミナーも無料開催しておりますので、ご利用いただければと思います。

── 研究の方向性が決まらないうちに問い合わせても、大丈夫でしょうか。

研究のゴールが見えなくても、とりあえず調べてみたいというお話もありますし、微生物分野では細菌が叢や塊になっていてどこから手を付けていいか分からない、というお悩みをよく聞きます。テーマ、予算はわかっているがどうしたらいいのかというお問い合わせもありました。プロテオーム解析以外にも遺伝子解析やメタボロール解析なども含めたトータルなご提案もできます。「私はどうしたらいいのでしょうか」という人生相談のようなお問い合わせもあります。きっと学生さんや若い研究者の方々は、研究人生の岐路に立ってしまうような難しい状況に丸腰で挑まなければならないことも多いでしょう。解析によって道が拓けることもあるので、ためらわずにご相談下さい。言葉は悪いですけれども「丸投げ」していただいて大丈夫です。プロテオーム解析は網羅的に見るものですから、研究の着地にならなくても次に進むための課題が見えたり発想を変えるチャンスになることもあります。装置や技術も進化し続けていますし、様々なゲノム情報の登録も増えていますから、プロテオーム解析は多くの分野で重要な一手になると考えています。

── 解析を受託してやりがいを感じるのは、どんなシーンでしょうか。

弊社の名が入った論文や受託したユーザー様を検索して、どんな結果につながったのかをチェックしていますが、何度も解析にトライして下さった研究の成果を見つけると嬉しくなります。難しい案件を他の受託サービスを断られ続けて持ち込まれるケースもあり、弊社でも残念ながらいい結果が出ないこともありますが、「ここまでしてくれて、ありがとう」と言っていただけた時には、とてもやりがいを感じました。多くはないですが、残念な結果でも次へのサジェスチョンにもなったという後日談をいただくこともあります。個人的に「あの解析結果はどうなったのだろう?」と気になるものは多いですが、事前のヒヤリングや解析の過程でコミュニケーションを深めて関係性を築くことができた中で研究成果を教えていただいたり、リピートにつながると嬉しいです。

学生さんや若い研究者さん達から、少ない予算からなんとかやりくりしてご依頼いただくこともあります。初めての論文など彼らの将来がかかった重要なものですし、その未来に向けて研究にご一緒させてもらいたいと考えています。

(取材/文・坂元 希美)
(掲載/日本の研究.com)

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